アメ色の輪ゴム
誕生秘話

世界で初めての
親しみやすい輪ゴム
「オーバンド」

株式会社共和 創業者 西島廣蔵

簡単・スピーディに使える結束材「輪ゴム」の発明に挑んだ日本人。

今でこそ、日常で何気なく使われているアメ色の輪ゴム。
その始まりは、自転車タイヤのチューブを輪切りにしたものでした。 後に株式会社共和の創始者となる西島廣蔵が、金融機関でたくさんの札束を手際よくまとめるために作ったと言われています。しかし材料の特性上、当時の輪ゴムは黒くて平たい形で、今よりもずっと硬いものでした。

そんな中、懇意にしていたお客さまから「キレイな透明感のある輪ゴムが欲しい」というご要望が寄せられました。それを受けた廣蔵は「よし、作ってみよう!」と思い立ち、開発をスタートさせます。

苦労の末に生まれた美しいアメ色の輪ゴム。

透明なゴムの質感をそのままに加工できる方法は当時もありました。しかし、薬品をたくさん使うなど、とてもお金のかかる方法で実用的ではありませんでした。
諦めきれなかった廣蔵は、仕事の合間を見ては図書館へ通い、何か方法はないかと研究・開発を続けました。
低コストで伸びが良く透明性の高いキレイな輪ゴムが誕生したのは、1917年(大正6年)のこと。苦労の末に廣蔵は、世界で初めて低コストで、伸びが良く透明性の高い美しい輪ゴムの開発に成功します。
開発後「ゴムバンド」として発売された輪ゴムは、 美しさもさることながら、その使い勝手の良さで瞬く間にヒット商品となったのです。そして、工場などの製造現場だけではなく、商店や家庭にも欠かせないものとなっていきました。

1953年 オーバンドのパッケージ

輪ゴムと言えばオーバンド。あのデザインの誕生。

アメ色の「ゴムバンド」は誕生から34年を経て、1951年に改めて「オーバンド」と名付けられ、パッケージも一新されました。
名前の由来は、「ゴムバンドの王様」「O型のゴムバンド」など諸説ありますが、「Oh!これこそ本当のゴムバンドだ!」という説が有力視されています。
パッケージデザインは、日本のモダンデザインの父と呼ばれ、戦前戦後を通して関西のデザイン界におけるモダニズムの先陣を切っていた、今竹七郎氏によるものです。

変わらず愛され続けて100年以上。

気が付けば、私たちの暮らしの中にあって馴染み深い黄色と茶色のパッケージデザイン。
一目で「輪ゴム」とわかるこのデザインは、実は誕生から一度も変わっていません。
さらにデザインだけでなく、こだわりの配合を基に当時と変わらぬ規格で高品質を守り続けてきました。
気軽に使える、もっと便利なものを。という想いで開発された輪ゴムだから、暮らしに寄り添い続け100年を超えた今も、そのままの姿で愛され続けています。